2009年12月26日

[書評] 伊坂 幸太郎 / 『フィッシュストーリー』

フィッシュストーリー 伊坂 幸太郎 / 『フィッシュストーリー』 / 2009-11(2007-01) / 新潮文庫 / B+

表題作を含む中短編四編。 どの作品にも伊坂らしいニヤリとクスリとホロリ(ときどきヒヤリ)がちりばめられていて、愉しいひとときをプレゼントしてもらった気になります。

中でもお気に入りは表題作でもある「フィッシュストーリー」。 英語の言い回しで「(漁師の話しがそうであるように)おおげさな話し、ほら話し」という意味なんだそうですが、これまた絶妙なタイトル。

『僕の孤独が魚だとしたら、そのあまりの巨大さと獰猛さに、鯨でさえ逃げ出すに違いない』(p.146)>
『僕の勇気が魚だとしたら、そのあまりの巨大さと若さで、陽光の跳ね返った川面をさらに輝かせるだろう』(p.160) 『僕の挫折が魚だとしたら、そのあまりの悲痛さと滑稽さに、川にも海にも棲み処がなくなるだろう』(p.188)
こんな小説を書いた人がいた。それを読んで歌詞に無断引用したパンクバンドがいた。この歌は誰かに届くんだろうか、届くといいな、届け!と願いながら。

数十年の時を経て、細い線が、偶然と必然の間をゆらゆらとたゆたいながら、繋がった。
お見事! 落語のような笑いとオチと人情話のハーモニーが味わえます。

Amazon.co.jp: 『フィッシュストーリー』

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2009年12月13日

[書評] 中島 京子 / 『ツアー1989』

ツアー1989 中島 京子 / 『ツアー1989』 / 2009-08(2006-05) / 集英社文庫 / C

うーん、残念、空振り。
『FUTON』がびっくりするような面白さだったのでこちらの作品も手に取ってみたのだけど、「企画の意図は分かるけど小説として面白くない」という残念な結果でした。

あらすじはどうでもいいとして、この作品が取り組んでいるのは「私というのは、私が思うような私ではなく、他人が思うような私ではないのか?」というテーマです。
個人的には首を縦に振る(深遠な)問いなのですが、掘り下げが足らない感じと、一度バラバラにしてみせた後の再構成や組み立てがうまくいっておらず、小説としてのまとまりにかけている感じがします。

内田樹が『下流指向』で「なぜ自分探しをする若者は誰も自分を知らないところへ出かけたがるのだろうか。自分をよく知る人を訪ねる代わりに」と喝破していたのですが、それ以上の何かがあるわけでもなく、単純な小説としてもあまり面白くなく、冒頭の言葉「残念、空振り」となった次第です。

Amazon.co.jp: 『ツアー1989』

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2009年12月07日

[書評] 北村 薫 / 『ひとがた流し』

ひとがた流し 北村 薫 / 『ひとがた流し』 / 2009-04(2006-07) / 新潮文庫 / B+

親子の、友人の、男女の、絆についてのゆっくり美しい物語。
読むとほっこり感動します。

「全米が泣いた」とか「感動の嵐」「涙なしには読めない」といった煽り文句とは無縁の、ドーピングされていない物語。 合成着色料や化学調味料を使っていない小説。 原色のネオンやLEDではなく、ろうそくの光に照らされ浮かび上がる人間模様。

子供時代から付き合いのある、三人の中年女性が主人公、千波、牧子、美々。
その三人に夫、子、友、猫がからみ、手編みのセーターが徐々にできあがっていくかのような読書体験をプレゼントしてくれます。

例えば納豆の容器をうっかり落としてしまったシーン。マーフィーの法則と違って、うまくこぼれずに済んだところ。

 ーーラッキー!
と、良秋は小さくつぶやき、容器をテーブルに戻した。そこで、そのまま動きを止めた。
ーー幸運か。ーーこれが幸せか。
仕事は面白い。(中略)やりがいがある。
だが、家に帰った時の、自分の幸せとは所詮、この上を向いた納豆か。(中略)
 ーーこういう小さな喜びを、馬鹿にしてはいけない。そこには疑いようのない真実がある。空が晴れただけで、はずむように嬉しいことはある。だが、どうだろう。もし、ここにあの人がいたら。ーー自分は、声をあげてあの人を呼ぶだろう。そして、これを小さな奇跡のようにいう。(p.278-280)

次は牧子が娘(さき)の小さい頃を思い浮かべるシーン。

 こうして、さきと並んで道を行くのも久しぶりだ。娘が小さい頃には、連れ立ってよく歩いたものだ。カタツムリが這っていても、ケシの花が咲いていても、それだけで事件だった。(p.381)

牧子とさきは実は『月の砂漠をさばさばと』の登場人物なんだけど、「私と円紫師匠」シリーズに通じる暖かさ、こまやかさを感じた。
出来事が繊細なだけではなく、それを見つめる優しい視線、それをすくいとる丁寧な手つき、小さな喜びを見つけ大きく喜ぶ主人公たち。

私の周りには、(この作品の主人公達のような姿勢で)決して経済的には豊かではない暮らしをとっても豊かに過ごしている人たちがいます。願わくば、私もそう暮らしたいものです。

Amazon.co.jp: 『ひとがた流し』

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