2010年09月21日

[書評] 有川 浩 / 『阪急電車』

阪急電車 有川 浩 / 『阪急電車』 / 2010-08(2008-01) / 幻冬舎文庫 / C

『図書館戦争』など、あらすじを聞いたり評判の人気作家と聞いて一度読んでみたいと思っていた有川浩。 「映画化決定!!」という帯とともに平積みされていた本書『阪急電車』を手にとりました。

阪急電車の今津線というローカル線で起きる人生模様を、うまく電車の中の触れ合い・乗り継ぎ・擦れ違いとしてフェードアウト/フェードインさせながら連結して描きます。

ヒネクレモノですみません。
ほのぼの+勧善懲悪+清く正しく美しい男女交際。 面白いストーリーに巧みなプロット。 どこにも文句のつけようがないように見えるし、実際、読書中はかなり楽しかったのですが、なぜかよい作品、お勧めしたい本として取りあげたくなりません。

きつい言葉でいうと、ファストフード臭がします。
確かにお腹は膨れるし味も少々濃いかなとは思うけどそれほど不味くないというかむしろおいしい。でも、やっぱり、それは半分工場とでもいうべきキッチンでマニュアル通りに右から左へと手間をかけずに作られたものなのです。

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2010年09月16日

[書評] 村上 春樹 / 『走ることについて語るときに僕の語ること』

走ることについて語るときに僕の語ること 村上 春樹 / 『走ることについて語るときに僕の語ること』 / 2010-06(2007-10) / 文春文庫 / A

食わず(読まず)嫌いで敬遠していたことを後悔。いい読書でした。
食わず嫌いだった原因のひとつは、タイトルのあまりの格好良さと語呂の悪さ。 レイモンド・カーヴァーの"What we talk when we talk about love"からもらったそうな。道理で。

書くためには、走る必要があった。
走るためには、書く必要があった。
走り続けていなければ、書き続けることもできなかった。
書き続けていなければ、走り続けることもできなかった。
たんなるジョギング、健康法、気晴らしではなくて、作家としてあり続けるためには欠かせない行為であったのだ、という。

執筆をマラソンに例えるのは、まぁ、よく聞く話し。
だけど、村上春樹の伝えるニュアンスは少し違う。彼は言う。
練習を積んでいないとマラソンを走ることができないように、練習を積んでいないと作品を書くことはできないのだと。
才能に任せて書き散らしたり書きなぐったりすることは短い間であれば可能だろうけど、長い間にわたり、コンスタントに、一定の品質で書き続けるためにはトレーニングと鍛錬が必要なのだと。
老いや思うようにならないこととどう向き合うのかまで含めて丁寧に、正面から語ってくれるのを聞くと(そう、読むというより聞くという読書体験に感じられる)、説得力がある。
村上作品に乱暴なシーンが登場しても、粗雑に感じられない理由はこれか。乱暴さを丁寧に書いているんだ。

学校とはそういうところだ。学校で僕らが学ぶもっとも重要なことは、「もっとも重要なことは学校では学べない」という真理である。(p.72)
内田樹翁と相性がいいのがよくわかりますね。
走り続けるための理由はほんの少ししかないけれど、走るのをやめるための理由なら大型トラックいっぱいぶんはあるからだ。僕らにできるのは、その「ほんの少しの理由」をひとつひとつ大事に磨き続けることだけだ。暇をみつけては、せっせとくまなく磨き続けること。(p.111)

この「メモワール」という形式もよかった。本人も書きあぐねていて、これなら書けると思った由。 随筆(エッセイ)でもなく、ドキュメンタリーでもなく、メモワール。
状況だけでなく心境まで伝わってきそうな素晴らしい写真。 少々ジャーナリスティックな俯瞰。 本人にしか書き留められなかったであろう内側から描いた瞬間。 時間軸でも、ちょうど良い距離感。
個人的には走ることからずいぶん遠ざかっているし、走ることの喜びを最後に感じたのは、さて、いつのことだったかしらという状態。 それでも、この作品に引きずり込まれてしまった。

Amazon.co.jp: 『走ることについて語るときに僕の語ること』

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2010年09月07日

[書評] 古川 日出男 / 『ハル、ハル、ハル』

ハル、ハル、ハル 古川 日出男 / 『ハル、ハル、ハル』 / 2010-07(2007-07) / 河出文庫 / B-

こちらの気(?)をぐいっとつかんで離さない。ぐいぐい。
振り回す。ぶんぶん。
こちらがしがみこうとすると全力で振りほどこうとする。

いきなり圧力の高いイントロ。

この物語はきみが読んできた全部の物語の続編だ。ノワールでもいい。家族小説でもいい。ただただ疾走しているロード・ノベルでも。いいか。もしも物語がこの現実ってやつを映し出すとしたら。かりにそうだとしたら。そこには種別(ジャンル)なんてないんだよ。
暴力はそこにある。
家族はそこにいる。
きみは永遠にはそこには停(とど)まれない。(p.9)
「きみが読んできた全部の物語の続編」。 なんといういう威勢のよさ。
残念ながら、首を縦に振ることにはためらいを感じる。 「私が書いてきた全部の物語の続編」であれば深く同意するのだけど。

その点だけ除けば、魅力的な作品(中編が三つ)が並んでいる。
映像でしか伝えられないスピード感と文字でしか伝えられない絶望感。 絵でしか伝えられない色彩と文章でしか伝えられない希望(のなさ)。
それをごちゃ混ぜにしてポンと目の前に差し出してくれる筆力は見事。 ウェットな犯罪をドライに。ドライな(心の)交流をウェットに、塗りたくってしまう筆圧は見事々々。

でも、どうしてでしょう。
巧みだとは思うのですが、もう一度手にとりたい、他の人に読んでもらいたいという気持ちがわいてきません。
表題作の「ハル、ハル、ハル」はいいのですが、その他収録作品である「スローモーション」と「8ドッグズ」は後味が悪く、できれば遠ざけておきたいくらいの不吉感です。

Amazon.co.jp: 『ハル、ハル、ハル』

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