2006年12月04日

古川 日出男 『サウンドトラック』



サウンドトラック(上)

サウンドトラック(下)
古川 日出男 / 『サウンドトラック』 / 2006(2003) / 集英社文庫 / C



トウタとヒツジコという二人の兄妹、そしてレニという少女でもあり少年でもある存在。
三人が近未来の東京を破壊する。地上から地下から。外から中から。物理的に精神的に。



うーん、なんだかなぁ。
『アラビアの夜の種族』を読んだときにもちょっと感じたのだけれど、この作家(の作品)は『二〇〇二年のスロウ・ボート』が例外だったのかなと。



下巻の解説で柴田元幸氏が村上龍とスティーブ・エリクソンの影響を指摘している。足して二で割らない、という表現で絶賛している。
私はスティーブ・エリクソンは知らないけれど、村上龍の『コインロッカーベイビー』とのプロットの類似性については同意する。
ただし、読書がもたらすもの、という意味では同意できない。



『二〇〇二年のスロウ・ボート』と本書『サウンドトラック』には、トウキョウからのエクソダスという確かに地続きなテーマがあるんだけれど、そして言葉でビートを刻むような生き生きとした感触は同じなんだけれど、主人公たちがもはやためらいを持っていないためにとっても薄っぺらな作品になってしまっていると感じた。
『二〇〇二年のスロウ・ボート』では、ためらいや葛藤が作品を引き締めていた。
本書では、それがない。ただひたすら破壊するのみ。躊躇はない。効率的に破壊する。計画的に。



何に駆動されて? それはよくわからない。
破壊の対象となる近未来のトウキョウのイヤラシサはとても具体的に描かれている。
だから、外国人をはじめとする異質なものの排除、という「仮想敵」は読み取れる。
だけど、それはもはや主人公たちが主人公たちである必要を感じさせないほどにまで抽象的で、ボリュームの割には薄っぺらな印象しか残らない。


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『サウンドトラック』(上)

posted by ほんのしおり at 01:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍・雑誌
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