北村 薫 / 『ひとがた流し』 / 2009-04(2006-07) / 新潮文庫 / B+
親子の、友人の、男女の、絆についてのゆっくり美しい物語。
読むとほっこり感動します。
「全米が泣いた」とか「感動の嵐」「涙なしには読めない」といった煽り文句とは無縁の、ドーピングされていない物語。 合成着色料や化学調味料を使っていない小説。 原色のネオンやLEDではなく、ろうそくの光に照らされ浮かび上がる人間模様。
子供時代から付き合いのある、三人の中年女性が主人公、千波、牧子、美々。
その三人に夫、子、友、猫がからみ、手編みのセーターが徐々にできあがっていくかのような読書体験をプレゼントしてくれます。
例えば納豆の容器をうっかり落としてしまったシーン。マーフィーの法則と違って、うまくこぼれずに済んだところ。
ーーラッキー!
と、良秋は小さくつぶやき、容器をテーブルに戻した。そこで、そのまま動きを止めた。
ーー幸運か。ーーこれが幸せか。
仕事は面白い。(中略)やりがいがある。
だが、家に帰った時の、自分の幸せとは所詮、この上を向いた納豆か。(中略)
ーーこういう小さな喜びを、馬鹿にしてはいけない。そこには疑いようのない真実がある。空が晴れただけで、はずむように嬉しいことはある。だが、どうだろう。もし、ここにあの人がいたら。ーー自分は、声をあげてあの人を呼ぶだろう。そして、これを小さな奇跡のようにいう。(p.278-280)
次は牧子が娘(さき)の小さい頃を思い浮かべるシーン。
こうして、さきと並んで道を行くのも久しぶりだ。娘が小さい頃には、連れ立ってよく歩いたものだ。カタツムリが這っていても、ケシの花が咲いていても、それだけで事件だった。(p.381)
牧子とさきは実は『月の砂漠をさばさばと』の登場人物なんだけど、「私と円紫師匠」シリーズに通じる暖かさ、こまやかさを感じた。
出来事が繊細なだけではなく、それを見つめる優しい視線、それをすくいとる丁寧な手つき、小さな喜びを見つけ大きく喜ぶ主人公たち。
私の周りには、(この作品の主人公達のような姿勢で)決して経済的には豊かではない暮らしをとっても豊かに過ごしている人たちがいます。願わくば、私もそう暮らしたいものです。
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