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<title>[書評] 平川克美 『株式会社という病』</title>
<description>株式会社という病 (文春文庫)平川 克美文藝春秋発売日：2011-10-07ブクログでレビューを見る»「株式会社という病、それは欲望の異名。」(p 142)会社「の」病ではなく、会社「という」病。この洞察力が平川さん。企業による不祥事は、悪い社員や悪い経営者によってたまたま起きたと考えるのではなく、会社の本質として内在していた何かの出現と考える方がよい、と言う。中の人（株式会社の現役経営者）だけど外の視点を持つ人が、ゆっくり噛みしめるように検討してキラッと光る言葉を置いていく..</description>
<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>
<dc:creator>ほんのしおり</dc:creator>
<dc:date>2011-12-13T23:47:07+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div class="booklog_html"><div class="booklog_html_image" style="float:left;"><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4167801558?tag=booklog.jp-22&linkCode=as1" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51QGFedV6aL._SL160_.jpg" width="111" height="160" style="border:0;" /></a></div><div class="booklog_html_info" style="float:left;margin-left:10px;"><div class="booklog_html_title" style="margin-bottom:5px;font-size:12px;"><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4167801558?tag=booklog.jp-22&linkCode=as1" target="_blank">株式会社という病 (文春文庫)</a></div><div style="margin-bottom:10px;"><div class="booklog_html_author" style="font-size:10px;">平川 克美</div><div class="booklog_html_manufacturer" style="font-size:10px;">文藝春秋</div><div class="booklog_html_release" style="font-size:10px;">発売日：2011-10-07</div></div><div class="booklog_html_link_amazon" style="margin-bottom:10px;font-size:10px;"><a href="http://booklog.jp/asin/4167801558" target="_blank">ブクログでレビューを見る»</a></div></div><div class="booklog_html_fotter" style="clear:left;"></div><br /></div><div style="padding:5px;font-size:10px;background-color:#f4f4f4;">「株式会社という病、それは欲望の異名。」(p 142)<br />会社「の」病ではなく、会社「という」病。この洞察力が平川さん。<br />企業による不祥事は、悪い社員や悪い経営者によってたまたま起きたと考えるのではなく、会社の本質として内在していた何かの出現と考える方がよい、と言う。<br />中の人（株式会社の現役経営者）だけど外の視点を持つ人が、ゆっくり噛みしめるように検討してキラッと光る言葉を置いていく。<br />「ビジネスの本質は交換」「知識を積み重ねても知性にはならない」など。<br />『国家の品格』にも、『ウェブ進化論』にも、釈然としないものを考じるというその感性もいい。論理はなるほどと思うが感情が嫌がる、といいその理由を掘り下げる。そして、前者には他者への敬意が欠けていることを、後者には知というものを量で測ろうとする姿勢があることを指摘する。なるほど。<br />ただし、堅くて読みにくい文体。この本に限らずブログでもエッセイでも共著でもいつも同じことを感じる。取っ付きにくくて閉口する。</div><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://bookmark.yamas.jp/article/58326234.html">
<link>http://bookmark.yamas.jp/article/58326234.html</link>
<title>[書評] 豊﨑 由美 / 『ニッポンの書評』</title>
<description>  href=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334036198/bookmarks0e-22/ref=nosim/&quot;&amp;gt;  src=&quot;http://images.amazon.com/images/P/4334036198.01._SCMZZZZZZZ_V65930187_.jpg&quot;  alt=&quot;ニッポンの書評&quot;  title=&quot;ニッポンの書評&quot;/&amp;gt;豊﨑 由美 / 『ニッポンの書評』 / 2011 / 光文社新..</description>
<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>
<dc:creator>ほんのしおり</dc:creator>
<dc:date>2011-05-29T01:09:55+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<p class="bookinfo">
<a
  href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334036198/bookmarks0e-22/ref=nosim/">
<img vspace="3" hspace="5" border="0" align="left"
  src="http://images.amazon.com/images/P/4334036198.01._SCMZZZZZZZ_V65930187_.jpg"
  alt="ニッポンの書評"
  title="ニッポンの書評"/></a>
豊﨑 由美 / 『ニッポンの書評』 / 2011 / 光文社新書 / B
</p>
<p class="addition">2011-06-01追記: 本書を実用書だと思って読みはじめた人は、予想もしていなかった広い視野と真摯な態度に感心し、本書を高く評価するだろう。<br />
本書を評論だと思って手にとった人は、ニッポンの書評という枠の中でニッポンの書評について書かれているという射程の短さに物足りなさを感じるだろう。<br />
ネットで他の方の書評を見ているとそんな印象を受ける。
私はどちらかというと後者なので、面白くももどかしさを感じた。
</p>
<p>
あえて言うなら各論賛成、総論反対。<br />
本書に書かれて<strong>いる</strong>ことについては、ほぼ賛同する。
ところが、本書に書かれて<strong>いない</strong>ことについて、少々ひっかかるのだ。
</p>
<p>
曰く、よい書評とは、対象となった本を応援するものであるべき。著者へのおべっかではなく、また、書き手のひけらかしではなく、読者への誘（いざな）いであるべき。<br />
曰く、新聞の書評欄には妙に大学の先生が多い。問題ではござらんか。<br />
曰く、面白い書評はあっても正しい書評というものはない。<br />
曰く、映画における淀川長治さんのような存在になりたい。
</p>
<p>
こういった点については「エエこと言うなぁ」と思いながら読んだ。<br />
しかし、書かれていない箇所について、疑問をなしとしない。
本書の題名にそって挙げてみる。
</p>
<p>
まずは『ニッポンの書評』のニッポンについて。
</p>
<p>
日本と対比されているのは主に英米限定だし、それも自分の見解ではなく丸谷才一の見解だったりする。
また（これは自覚されているが）、いろいろある新聞の中でもクォリティペーパーの書評を取りあげている。日本の全国紙の書評欄と比べているけど天秤が釣り合わない。<br />
英米以外のアジア、中南米、東欧など他の地域の書評は？　英米の新聞であっても大衆紙の書評やネット書評は？　英米日本を問わず、週刊誌、月刊誌、テレビなど他のメディアの書評は？　など、たくさん比較対象を思いつく。
</p>
<p>
それから、比較している国の出版状況、読書状況という土台の比較が欲しい。<br />
例えば、「日本は広く浅く多くの人が本を読んでおり、書評もそういった層をターゲットにしているので短く軽い内容になる。英米では狭く少ない人が本を読んでおり、書評もそういった層をターゲットにしているので長く深い内容になる」という（根拠のない）イメージがすぐに浮かぶけど、それは本当なのか否定されるべき妄想なのか知りたい。<br />
日本は<a href="http://www.ronso.co.jp/netcontents/chronicle/chronicle_22.html">出版状況クロニクル22 (2010年1月26日～2010年2月25日)</a>
にあるように、
<blockquote>
88年の書籍売上高は8259億円であるから、09年とほとんど変わらない。だが新刊点数は37064点から78555点と倍以上になっている。
</blockquote>
という状況なのだ。
&quot;ニッポンの書評&quot;はそういう状況で書かれている。
印刷・出版と距離が近い新聞や雑誌に記載される書評と、ネット上の、売る側ではなくて読む側が書いている書評とでは、目指すところがずいぶんと違ってくると思う。<br />
ブログ書評、アマゾン書評を批判する観点に、こういう背景を含めて欲しい。
</p>
<p>
「買いたい読みたい」と思わせる書評がいい書評。<br />
それはその通り。<br />
でも、「買わなくてもいい」「読むに値しないだろう」と思える書評もいい書評なのだ。
新刊が毎日200点、毎週1,400点、毎月6,000点も増え続けている状況では。
</p>
<p>
次に、「書評」について。<br />
「書評＝ブックレビュー」は、モノレビューと比べてどう違うのか、という観点も欲しい。<br />
著者がきわめて強い口調で否定しているタイプのアマゾンのユーザーレビュー、ブログの書評などは、モノのレビューではよくある光景にすぎない。
書評だけがそこまで特権的な位置づけを与えられるべき理由がわからない。
</p>
<p>
続けて書評と批評の違いについて。書評と感想文の違いについて。<br />
英米のブックレビューにはあまり明確な区別がないようだけど、ニッポンの書評という文脈ではこれらの間には明確な区別がある、という。<br />
著者は書評の存在意義を強調しているが、ボールを投げる方向が逆に思える。<br />
個人的には、学校（小中高の国語の）教育に問題の原因があると思っている。<br />
あの読書感想文を書かせることの教育的逆効果（ダメージ）。批評的に読むことを許されず、道徳的に教訓を引き出すような読み方しか許されない現代文の授業と大学入試（cf.石原千秋）。<br />
そうやって、書評という行為が持つ可能性、その一番やわらかい部分が型にはめられ固まってしまったと思っている私は、感想文と書評の違いを力説されても一緒に熱くなれない。
むしろ書評と感想文や批評の再会を見守り助けたい。
</p>
<p>
タイトルのとおり『ニッポンの書評』という枠組みの中でニッポンの書評を論じた本としては良本。
でも、「ニッポンの外」や「書評以外の評」という補助線を引いてみると、書評論、批評としての弱さが目についてしまう。<br />
そこをカバーした続編が読みたい。
</p>

<p>
以上です。<br />
書いていないことについてばかり書いたので、いちゃもんのようになってしまいましたが、『文学賞メッタ斬り』の豊﨑由美さんだけに、期待点が高くなっています。<br />
また、上に挙げた点の多くは巻末の対談で触れられており、今後の掘り下げが期待できると思えるからこその注文です。
</p><a name="more"></a><p class="addition">
2011-05-30追記: コメントを頂いたので改めて。<br />
私もブログ書評を書いている一人なので、ブログ書評をあまりよく言わない本書にムッときました。
ただ、それは、図星だから不愉快に感じたという側面が大きいんじゃないかと思っています。<br />
文章を書くいうことは、それが例え非公開の日記であったとしても、「どう、見て、この私の聡明さ。ここまで考えられる私の賢さ。」というアピールを含んでいます。<br />
豊崎さんは、プロの書き手だけに、そういう書評の手段/目的の取り違えが許せないんでしょう。
それは受け止めるべきかと思います。<br />
ただし、本書ではプロの書く（報酬をもらって書く）書評とアマチュアの書く書評が、意図的に、区別されずに論じられています。アマチュアだからといって甘えた書評は許さん。ここは分かれるところでしょうね。
</p>

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<a
  href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334036198/bookmarks0e-22/ref=nosim/">『ニッポンの書評』</a>
</p>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://bookmark.yamas.jp/article/58326233.html">
<link>http://bookmark.yamas.jp/article/58326233.html</link>
<title>設計トラブル</title>
<description>@IT MONOistの記事が素晴らしい内容だったのでご紹介します。甚さんの「想定内だぜぃ！トラブルは」（1）：設計トラブルの98％が「トラブル三兄弟」甚さんの「想定内だぜぃ！トラブルは」（2）：福島原発から学ぶ、トラブル三兄弟甚さんの「想定内だぜぃ！トラブルは」（3）：原発事故から学ぶインタラクションギャップトラブル三兄弟とは「新規」「トレードオフ」「変更」のこと。設計トラブルの原因ほとんどがこの3つに帰せられるとの指摘に頷くことしきり。特に、連載2回目の福島原発、特に最も..</description>
<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>
<dc:creator>ほんのしおり</dc:creator>
<dc:date>2011-05-21T00:41:25+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<p>@IT MONOistの記事が素晴らしい内容だったのでご紹介します。
<ul>
<li><a href="http://monoist.atmarkit.co.jp/mn/articles/1104/11/news004.html">甚さんの「想定内だぜぃ！トラブルは」（1）：設計トラブルの98％が「トラブル三兄弟」</a></li>
<li><a href="http://monoist.atmarkit.co.jp/mn/articles/1104/18/news006.html">甚さんの「想定内だぜぃ！トラブルは」（2）：福島原発から学ぶ、トラブル三兄弟</a></li>
<li><a href="http://monoist.atmarkit.co.jp/mn/articles/1105/13/news002.html">甚さんの「想定内だぜぃ！トラブルは」（3）：原発事故から学ぶインタラクションギャップ</a></li>
</ul>
</p>
<p>トラブル三兄弟とは「新規」「トレードオフ」「変更」のこと。
設計トラブルの原因ほとんどがこの3つに帰せられるとの指摘に頷くことしきり。
特に、連載2回目の
<blockquote>
福島原発、特に最も気になるプルサーマルの3号機は、「新規君」「トレードオフ君」「変更君」……全てを含んでいますよ！<br />
実験室からそのまま造ってしまったような気がするぜぃ。
</blockquote>
という部分はドキッとします。
</p>
<p>
連載3回目の最後にこう述べていらっしゃいます。
<blockquote>
この記事の執筆にあたって、気が付いたことが幾つかあります。<br />
<br />
1. 原子力発電所の仕組みがまるで「実験室」から出てきたような装置であること。<br />
2. 事故を解説する専門家も｢実験室｣から出てきたような発言であること。<br />
3. 職人の専門用語である「安全率」が登場しないこと。<br />
　そして、最後にとても残念なことがあります。それは……、テレビの報道などで事故について解説する人物が各所の管理者や学者で、技術者や設計者、そして、職人が登場しないことです。
</blockquote>
現場こそ、モノ作りこそ、というサイトですので割り引いて読むべきところもあるかと思いますが、最近、自社の技術研究所の人と衝突して「こんニャロメ」と感じたこととよく似ています。
</p><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://bookmark.yamas.jp/article/58326232.html">
<link>http://bookmark.yamas.jp/article/58326232.html</link>
<title>[写真] 一歩いっぽ</title>
<description>とっとことっとこ。歩こう。歩こう。歩くの大好き。息子が歩くようになって一ヶ月経ちました。ゴールデンウィークに訪れた鞆の浦にて。Panasonic GF1 / 20mm F1.7</description>
<dc:subject>旅行・地域</dc:subject>
<dc:creator>ほんのしおり</dc:creator>
<dc:date>2011-05-19T23:47:32+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<p>
とっとことっとこ。<br />
歩こう。歩こう。歩くの大好き。<br />
息子が歩くようになって一ヶ月経ちました。<br />
ゴールデンウィークに訪れた鞆の浦にて。</p>
<p>
<img src="http://yamayomu.sakura.ne.jp/sblo_files/yamayomu/snap/P1400496.jpg" width="420" heigh="280">
<br />
Panasonic GF1 / 20mm F1.7
</p><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://bookmark.yamas.jp/article/58326231.html">
<link>http://bookmark.yamas.jp/article/58326231.html</link>
<title>Twitter</title>
<description>昨年子どもが生まれてからというもの、書評を書く時間が取れなくなりました。このブログも書評を簡単に書くために始めたものだったのに、それが簡単ではなく、更新も滞りがちでした。読書する時間は、就寝前の布団の中で読む時間がなくなりましたが、通勤電車の中が使えるので、読書する時間は確保できています。ところが、キーボードを前に感想文を書き、読み返し、手を入れてまた流れの悪いところを変えてみて、、、という時間がとれないんですね...育児してみるまで、まったく分かっていませんでした。そこで考..</description>
<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>
<dc:creator>ほんのしおり</dc:creator>
<dc:date>2011-04-30T15:59:49+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<p>
昨年子どもが生まれてからというもの、書評を書く時間が取れなくなりました。
このブログも書評を<strong>簡単に</strong>書くために始めたものだったのに、それが簡単ではなく、更新も滞りがちでした。
</p>
<p>
読書する時間は、就寝前の布団の中で読む時間がなくなりましたが、通勤電車の中が使えるので、読書する時間は確保できています。ところが、キーボードを前に感想文を書き、読み返し、手を入れてまた流れの悪いところを変えてみて、、、という時間がとれないんですね...<br />
育児してみるまで、まったく分かっていませんでした。
</p>
<p>そこで考えたのが、ツールをTwitterに切り替えてみる、という方法です。
書評をこのブログではなくて、Twitterに切り替えてみます。<br />
<a href="https://twitter.com/#!/yamayomu">https://twitter.com/#!/yamayomu</a>
</p>
<p>
ただ、「本の著者、題名、書影をきちんと調べて入力する」という手間も実はばかにできないので、Twitterと連携できるブクログという読書記録/書評サービスを使っています。<br />
<a href="http://booklog.jp/users/yamayomu">http://booklog.jp/users/yamayomu</a><br />
これだと、140字きっちりに収まらない部分を省略して先頭だけ抜き書きしてくれるし。
</p>
<p>
まだ実験的な試みではありますが、2-3日試してみた限りでは、なかなかよい感触です。<br />
Twitterならではの、140字までという短さが、書き出しの軽さに繋がります。<br />
長い書評でしか表現できないことも、もちろんあります。
ただし、それを大事にしようとするあまり、書くことから遠ざかっていました。<br />
ブログならではのトラックバック、コメントという機能も楽しいのですが、まずは何かひと言でも残しておくことを優先させようと思います。
</p><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://bookmark.yamas.jp/article/58326230.html">
<link>http://bookmark.yamas.jp/article/58326230.html</link>
<title>[書評] 『鼓笛隊の襲来』</title>
<description>  href=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087466620/bookmarks0e-22/ref=nosim/&quot;&amp;gt;  src=&quot;http://images.amazon.com/images/P/4087466620.01._SCMZZZZZZZ_V65930187_.jpg&quot;  alt=&quot;鼓笛隊の襲来&quot;  title=&quot;鼓笛隊の襲来&quot;/&amp;gt;三崎 亜記 / 『鼓笛隊の襲来』 / 2011(2008) / 集..</description>
<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>
<dc:creator>ほんのしおり</dc:creator>
<dc:date>2011-04-10T10:58:58+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<p class="bookinfo">
<a
  href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087466620/bookmarks0e-22/ref=nosim/">
<img vspace="3" hspace="5" border="0" align="left"
  src="http://images.amazon.com/images/P/4087466620.01._SCMZZZZZZZ_V65930187_.jpg"
  alt="鼓笛隊の襲来"
  title="鼓笛隊の襲来"/></a>
三崎 亜記 / 『鼓笛隊の襲来』 / 2011(2008) / 集英社文庫 / B-
</p>
<p>
表題作を含む9編からなる短編集。
もともと設定の意外さ面白さで読ませるタイプの作家なので、短編向きかもしれないと期待して手にとったのですが、残念ながら「あと一歩」感が否めません。
</p><a name="more"></a><p>
表題作の「鼓笛隊の襲来」は、鼓笛隊がまるで台風のようにやってくる、自然災害とも言えるような言えないような不思議な災害のお話し。<br />
これはよかった。昔はね、と「お話し」で乗り切ろうとする主人公一家（のおばあちゃん）。完全な防音室があるからと避難しない傲慢な隣人（金持ち）。台風（鼓笛隊）のエネルギー源とそれがもたらす災厄と恵み。<br />
分かっているようで分かっていない人知を超えた出来事。コンクリートなど物質物量で正面から対抗しようとしてもしきれるものではなく、紙と木の家しかなかった先祖がそれなりにやり過ごしてきた知恵に見習うべきものがあり、それはもう、先日の大地震を思い起こさせるものがあります。</p>
<p>
ごく普通の日常世界と一点だけが歪んでいる世界。そこを淡々と描くことで私たちの世界の歪みともいえない歪みを描くという作者のスタイルが成功している作品です。<br />
ちょっとした教訓も、説教臭くはない程度に悲しみとおかしみのバランスがとれていて、すっと入ってきます。
</p>
<p>
ところが、その他の短編はどれも決して二流ではないけど一流でもなくて、よくできているけど好きになれないお話しが続きます。何かが足りないんだよなぁ。もしくは何かが余分なんだよなぁ。
</p>
<p>
いやいや、待て。落ちているのは私の感度であって、著者や作品ではない可能性もあるぞ。
と思っていたのですが、直後にいしいしんじの短編『雪屋のロッスさん』を読んだら、こちらはびしばしと胸に響いてきます。
</p>
<p>
「日常の中に斜め上にズレた事象が発生したら、その裂け目から除く何かは、裏側から僕らの生活人生の別の側面を照らし出すはず」という計算が先にあって、作品はそれを無理矢理小説という形にしたもの、になっていると感じます。<br />
どこか、作品世界に没頭できないニセモノ臭がただよいます。
小説の歓びに浸りきれない後味の悪さが残ります。
</p>
<p>
新人として読む分には「今後に期待」と我慢できたものの、もうそういうわけにいきません。
読後感が期待を裏切るようになってきました。
次の作品には手が伸びないと思います。
</p>

<p class="amazon"> Amazon.co.jp:
<a
  href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087466620/bookmarks0e-22/ref=nosim/">『鼓笛隊の襲来』</a>
</p>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://bookmark.yamas.jp/article/58326229.html">
<link>http://bookmark.yamas.jp/article/58326229.html</link>
<title>現地に行かなくてもできる支援の方法</title>
<description>3月11日に起きた大地震と津波と原子力発電所の事故。どれか一つでも大変な災害なのに、三つも重なってしまい、被災された方にはお見舞い申し上げます。私の大学時代の後輩（※）が、そんな被災者の一人であり、そして復興のための活動を行っているということがわかりました。彼に「現地に行かなくてもできる支援の方法」を教えてもらいましたのでこちらで紹介します。送ってもらったメールをほぼそのまま引用しているので、文中の「私」とは後輩のことです。転載歓迎ということですので、どんどん知人友人にご紹介..</description>
<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>
<dc:creator>ほんのしおり</dc:creator>
<dc:date>2011-03-28T02:26:54+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<p>3月11日に起きた大地震と津波と原子力発電所の事故。<br /><br />どれか一つでも大変な災害なのに、三つも重なってしまい、被災された方にはお見舞い申し上げます。<br /></p><br /><p><br />私の大学時代の後輩（※）が、そんな被災者の一人であり、そして復興のための活動を行っているということがわかりました。彼に「現地に行かなくてもできる支援の方法」を教えてもらいましたのでこちらで紹介します。<br />送ってもらったメールをほぼそのまま引用しているので、文中の「私」とは後輩のことです。<br />転載歓迎ということですので、どんどん知人友人にご紹介ください。<br /></p><br /><p><br />（※）彼の自己紹介：せんだい・みやぎNPOセンターという中間支援NPOで働いています。<br />平たく言うと、NPOの活動を支援するNPOです。<br />こういう事態ですので、今は災害救援活動を行なうNPOの後方支援をしています。<br />県外から来ている災害救援団体の現地でのコーディネートや情報提供などです。<br /></p><br /><p><br />では、お金編、モノ編、ヒト編の3本立てでご紹介します。<br/><br /></p><a name="more"></a><h3>【お金編】</h3><br /><br /><strong>●寄付をする</strong><br />簡単で、貰う側にとっても一番迷惑にならない支援の方法です。<br /><br />例1）現地に入って支援活動を行なっているNPO/NGOに寄付をする<br />　現地入って災害救援活動を行っているNPO/NGO（ピースウィンズやジャパン・プラットフォームなど）に対しての寄付です。<br /><br />寄付を集めている団体の情報<br /><a href="http://www.jpn-civil.net/support/contributions/post_2.html" target="_blank">http://www.jpn-civil.net/support/contributions/post_2.html</a><br /><a href="http://cause-action.jp/" target="_blank">http://cause-action.jp/</a><br /><br />例2）現地のNPO/NGOに寄付をする<br />　現地のNPO/NGOもそれぞれさまざまな活動を行なっています。そうした団体への直接の寄付です。<br /><br />例3）現地のNPO/NGOにお金が行くような基金に寄付をする<br />　現地のNPO/NGOの情報は、外からはなかなか得ることが難しいと思います。そこでいったん基金としてお金を集めて、それから現地のNPO/NGOに資金助成するという方法です。<br /><br />東日本大震災現地NPO応援基金<br /><a href="http://www.jnpoc.ne.jp/?p=964" target="_blank">http://www.jnpoc.ne.jp/?p=964</a><br /><br />例4）せんだい・みやぎNPOセンターに寄付をする<br />　せんだい・みやぎNPOセンターは仙台・宮城地域を拠点とし、NPO中間支援を行う団体です。県外から救援に入る団体のコーディネートや、地元の団体と連携した活動を行なっていきます。例2と例3の中間的なお金の使い方ができます。<br /><br />せんだい・みやぎNPOセンター　寄付のお願い<br /><a href="http://fuda.jp/saigai/donation" target="_blank">http://fuda.jp/saigai/donation</a><br /><br />例5）被災地の自治体に寄付をする<br />　被災地自治体もインフラの復旧や住民支援などに資金を必要としています。ゆかりのある自治体に寄付をするというのも支援の一つの方法です。<br />　詳しくはそれぞれ自治体のホームページをご覧ください。<br /><br />例6）義援金に寄付をする<br />　義援金というのは、被災者への見舞金という位置づけになるようです。私も今回の震災のあとで調べてわかりました。すべての被災者になるべく公平に分配するということになるので、今回のように被災者の数が多すぎると、薄く広く配るだけになってしまうかもしれません。<br /><br />義援金と活動支援金-NPO会計道<br /><a href="http://blog.canpan.info/waki/archive/510" target="_blank">http://blog.canpan.info/waki/archive/510</a><br /><br /><br /><strong>●寄付を集める</strong><br />　自分で寄付をするというだけでなく、自分が寄付を集めるという方法もあります。<br /><br />例1）募金箱を設置する<br />　職場などに募金箱を設置し、寄付を呼びかける。<br /><br />例2）JustGivingで何かにチャレンジし、寄付を集める。<br />　JustGivingという寄付集めサイトがあります。これは個人が何らかのチャレンジを宣言して（マラソンに参加する、ダイエットをする、etc.）、そのチャレンジへの応援としてお金を集め、集まったお金を団体に寄付をするというしくみです。<br /><br />JustGiving Japan (ジャスト・ギビング・ジャパン) 寄付を集めるファンドレイジングサイト<br /><a href="http://justgiving.jp/" target="_blank">http://justgiving.jp/</a><br /><br />例3）チャリティー飲み会をする<br />　ドリンク1杯につき200円とか300円を加算して（そのお金を集めるのは幹事にして）、集めたお金を寄付にまわす。<br /><br />例4）チャリティーイベントを行う<br />　アイデア次第でいろいろおもしろいことができます。楽しみながら、寄付集めをしてもらえるとよいと思います。<br /><br /><br /><h3>【モノ編】</h3><br /><br /><strong>●支援物資を送る</strong><br />　個人から被災地の災害対策本部などに小口の救援物資を送られても仕分けに手間がかかったり、現地のニーズと合わなかったりするという問題があります。そういう問題を避けるためには以下のような方法があります。<br /><br />例1）居住している自治体に支援物資を送る<br />　お住まいの自治体で、個人からの支援物資を集めているかもしれません。自治体のホームページなどをご覧ください。<br /><br />例2）支援物資を集めているNPO/NGOに支援物資を送る<br />　被災地で支援活動を行なっている団体が支援物資を集めていることがあります。そうした団体が個人からの支援物資の提供を受け入れているケースもあるので、そういう団体に物資を提供するということもできます。<br /><br /><h3>【ヒト編】</h3><br /><br /><strong>●ボランティアをする</strong><br />　現地に行かなくてもボランティアをすることは可能です。<br /><br />例1）地域で支援物資を集めている団体・機関の仕分けボランティアをする<br />　自治体や地域のボランティアセンター、NPO/NGOなどが支援物資を集めていて、集まった物資の仕分けのボランティアを募集しているケースもあります。そういうところでボランティアをするという方法もあります。<br /><br />　他にも、翻訳ボランティアや、プログラミングのボランティアなど、専門性をいかして遠隔地でできるボランティアがあるかもしれません。こちらに情報はないですが、何かそういった専門をお持ちの方は探してみてください。<br /></p><br /><br /><p><br />どれか一つでも、できる範囲で、協力していきましょう。困った時はお互い様ですから。<br /></p>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
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<link>http://bookmark.yamas.jp/article/58326228.html</link>
<title>[書評] 山浦 玄嗣 / 『父さんの宝物』</title>
<description>  href=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4901602055/bookmarks0e-22/ref=nosim/&quot;&amp;gt;  src=&quot;http://images.amazon.com/images/P/4901602055.01._SCMZZZZZZZ_V65930187_.jpg&quot;  alt=&quot;父さんの宝物&quot;  title=&quot;父さんの宝物&quot;/&amp;gt;山浦 玄嗣（やまうら はるつぐ） / 『父さんの宝物』 / 200..</description>
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<dc:creator>ほんのしおり</dc:creator>
<dc:date>2011-02-13T00:34:33+09:00</dc:date>
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<p class="bookinfo">
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  alt="父さんの宝物"
  title="父さんの宝物"/></a>
山浦 玄嗣（やまうら はるつぐ） / 『父さんの宝物』 / 2005(2003) / イー・ピックス出版 / A
</p>
<p>
ケセン語聖書の著者（訳者?）でもある山浦玄嗣のエッセイが一冊の本にまとまったもの。いやはや奇想天外な子育てっぷりが面白かった。
</p>
<p>
何しろ子供の数は8人。
そして著者は幼くして父親を亡くし、現実の父親を知らないまま、耳学問の理想的な父親像を目指す。
そりゃ大変だ。
一切手を抜かずに、全力で仕事にも家族にも向かっていったんだろうな。
<blockquote>
しかし、その父親も一朝一夕にそのような父親になるのではない。父親はみずから父親になるのではなく、子どもによってむりやりに父親にならされるのである。父親は子どもの偉大な師であるが、子どもはじつは父親の生みの親である。(p.3)
</blockquote>
これは言われてみるとその通り、ですね。
</p>
<p>
ケセンとは岩手県の気仙地方のこと。
「ナザレという田舎で育ったイエス様はズーズー弁をしゃべっていたに違いない、訛っていたはずだ」
という信念のもと、共通語ではなく方言で聖書を書き直してびっくり（でも納得）させたのが著者と『セケン語訳新約聖書』。
そしてその聖書が生まれたきっかけが本書に登場する。子どもへの語り聞かせだったという。
仏教の良寛さんではないけれど、子どもにまっすぐ届く（届ける）ために、ごまかしではない分かりやすさを追求したら大人も喜んだっという話し。
</p>
<p>
タイトルの「宝物」はケセン語で「子ども」という意味だそうで、それもまた暖かい話し。
</p>
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</p><a name="more"></a>

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<title>[書評] 万城目 学 / 『鹿男あをによし』</title>
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<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>
<dc:creator>ほんのしおり</dc:creator>
<dc:date>2010-10-11T16:22:33+09:00</dc:date>
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<p class="bookinfo">
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  alt="鹿男あをによし"
  title="鹿男あをによし"/></a>
万城目 学 / 『鹿男あをによし』 / 2010-04(2007-04) / 幻冬舎文庫 / C+
</p>
<p>
登場人物よし、ストーリーよし、作品世界よし。
とても楽しめたんだけど、なかなか面白くならないことが欠点でしょうか。<br />
すでに著者、万城目学のファンで2冊目以降として手にとる方にはいいのかもしれませんが、前半2/3が少々退屈です（後半1/3はとっても面白く楽しめるのですが）。
</p>
<p>
歴史ファンタジー小説とでもいえばいいんでしょうか。<br />
鹿/狐/鼠は神様のお遣いで、定期的に日本列島の地下に眠るナマズが暴れないように鎮める儀礼を行っているからこの世が平和だという（現代科学の視点からすれば）荒唐無稽な、だけど、陰陽道や風水、民間信仰としてはあり得るお話しが舞台背景になっています。<br />
それを、女子高生の青春や先生たちの恋話を含めた人間模様から、卑弥呼の秘密まで、ぜんぜん違うスケールのサイドストーリーとつなげてしまう構成力はお見事です。
</p>
<p>
夏目漱石の『坊ちゃん』にちなんだ魅力的な登場人物たち、あ〜あれはそういうことだったのか〜、後半になると一気に回収される伏線、奈良（今年の始めに旅行してきました）の魅力が伝わってくる筆づかい、それらもこの作品の魅力です。
</p>
<p>
ただ、どうしても「（技術的に）うまいなぁ」とは思っても「心に残る」たぐいの感銘を受けないのです。
エンターテイメント小説なのにそこまで求めますかねと、自分の中のもう一人は抗議していますが、森見登美彦や酒見賢一、仁木英之あたりはそこをうまく両立しているように感じておりますので、そのままここに記す次第であります。
悪しからず。
</p>
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</p><a name="more"></a>

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<title>[書評] 諏訪 哲史 / 『アサッテの人』</title>
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<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>
<dc:creator>ほんのしおり</dc:creator>
<dc:date>2010-10-01T23:51:17+09:00</dc:date>
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<p class="bookinfo">
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  alt="アサッテの人"
  title="アサッテの人"/></a>
諏訪 哲史 / 『アサッテの人』 / 2010-07(2007-07) / 講談社文庫 / B
</p>
<p>
存在する意味のある作品。だけど、私のための作品ではない。
</p>
<p>
あとがきで著者自身が書いているように、本書は著者の恩師を振り向かせるためだけに書かれた作品。
公開され私が手にとっていること、文学賞を受賞していること、それら諸々が何か「余計なこと」「純度を下げる行為」に思えてしまう。
</p>
<p>
本書は小説を書く小説というメタ構造を持っており、その点に非常に自覚的でかつ優れているのだが、<strong>読まれる</strong>という小説のもう半分側に対してはあまり意識が払われていない。
それが不満なのだけど、それも当然。読まれることを想定していなかったのだから。
一人に読まれることのみを目的として書かれた小説だったのだから。
</p>
<p>
もし宇宙に誰も聞く人のいない音がしたとして、果たしてその音は存在するのか、という問いがある。<br />
認識されないものは存在しないのと事実上同じ、という立場。<br />
「事実上」を外して認知されない＝存在しないとする立場。<br />
音とは振動であり、空気がない＝伝える媒体（メディア）がないために、たとえ存在したとしても存在しないのと同じとする立場。<br />
いやいや、届くとか聞こえるとかいうのとは別の次元で、発生した時点ですでに音は存在したのだとする立場。
</p>
<p>
同じ問いを、小説で問うてみる。
誰にも読まれない小説が書かれたとして、その小説は存在したのか。<br />
著者は最初の読者である。譲ってこれは例外としよう。
著者以外の誰にも読まれない小説が書かれたとして、その小説は存在したと言えるのか。<br />
著者以外の誰にも読まれることを想定しない小説が書かれたとして、その小説には存在する意味があるのか。
</p>
<p>
（最後の一文はちょっと論理の飛躍だけど）たった一人の読者しか想定しないで書かれた小説が、0ではなく1に向いていること、「なし」ではなく「あり」に向いていることによって、命を宿したという力強さに打たれる。
</p>
<p>
・・・というわけで、本作品の内容にまったく触れていない書評になってしまった。<br />
まあ、内容はどうでもいい作品なのではないかな。<br />
あえて言えば、「「「定型からの逸脱」という定型」からの逸脱・・・」という無限後退、「意味」から逃れることの不可能性、など、どこにでもある存在論的悩みのお話。<br />
つまり、それ自体にはまったく新鮮さはない。
ほら先に述べた通り。本書は、その内容には意味はない。
存在の仕方に、意味がある。
もしそれを著者が、読者が、欲すればの話だけど。
</p>

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</p><a name="more"></a>

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<title>[書評] 有川 浩 / 『阪急電車』</title>
<description>  href=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4344415132/bookmarks0e-22/ref=nosim/&quot;&amp;gt;  src=&quot;http://images.amazon.com/images/P/4344415132.01._SCMZZZZZZZ_V65930187_.jpg&quot;  alt=&quot;阪急電車&quot;  title=&quot;阪急電車&quot;/&amp;gt;有川 浩 / 『阪急電車』 / 2010-08(2008-01) / 幻冬..</description>
<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>
<dc:creator>ほんのしおり</dc:creator>
<dc:date>2010-09-21T00:07:58+09:00</dc:date>
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<p class="bookinfo">
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  alt="阪急電車"
  title="阪急電車"/></a>
有川 浩 / 『阪急電車』 / 2010-08(2008-01) / 幻冬舎文庫 / C
</p>
<p>
『図書館戦争』など、あらすじを聞いたり評判の人気作家と聞いて一度読んでみたいと思っていた有川浩。
「映画化決定!!」という帯とともに平積みされていた本書『阪急電車』を手にとりました。
</p>
<p>
阪急電車の今津線というローカル線で起きる人生模様を、うまく電車の中の触れ合い・乗り継ぎ・擦れ違いとしてフェードアウト／フェードインさせながら連結して描きます。
</p>
<p>
ヒネクレモノですみません。<br />
ほのぼの＋勧善懲悪＋清く正しく美しい男女交際。
面白いストーリーに巧みなプロット。
どこにも文句のつけようがないように見えるし、実際、読書中はかなり楽しかったのですが、なぜかよい作品、お勧めしたい本として取りあげたくなりません。
</p>
<p>
きつい言葉でいうと、ファストフード臭がします。<br />
確かにお腹は膨れるし味も少々濃いかなとは思うけどそれほど不味くないというかむしろおいしい。でも、やっぱり、それは半分工場とでもいうべきキッチンでマニュアル通りに右から左へと手間をかけずに作られたものなのです。
</p>
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</p><a name="more"></a>

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<title>[書評] 村上 春樹 / 『走ることについて語るときに僕の語ること』</title>
<description>  href=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4167502100/bookmarks0e-22/ref=nosim/&quot;&amp;gt;  src=&quot;http://images.amazon.com/images/P/4167502100.01._SCMZZZZZZZ_V65930187_.jpg&quot;  alt=&quot;走ることについて語るときに僕の語ること&quot;  title=&quot;走ることについて語るときに僕の語ること&quot;/&amp;gt;村上 春樹 /..</description>
<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>
<dc:creator>ほんのしおり</dc:creator>
<dc:date>2010-09-16T00:27:15+09:00</dc:date>
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<p class="bookinfo">
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  alt="走ることについて語るときに僕の語ること"
  title="走ることについて語るときに僕の語ること"/></a>
村上 春樹 / 『走ることについて語るときに僕の語ること』 / 2010-06(2007-10) / 文春文庫 / A
</p>
<p>
食わず（読まず）嫌いで敬遠していたことを後悔。いい読書でした。<br />
食わず嫌いだった原因のひとつは、タイトルのあまりの格好良さと語呂の悪さ。
レイモンド・カーヴァーの&quot;What we talk when we talk about love&quot;からもらったそうな。道理で。<br />
</p>
<p>
書くためには、走る必要があった。<br />
走るためには、書く必要があった。<br />
走り続けていなければ、書き続けることもできなかった。<br />
書き続けていなければ、走り続けることもできなかった。<br />
たんなるジョギング、健康法、気晴らしではなくて、作家としてあり続けるためには欠かせない行為であったのだ、という。
</p>
<p>
執筆をマラソンに例えるのは、まぁ、よく聞く話し。<br />
だけど、村上春樹の伝えるニュアンスは少し違う。彼は言う。<br />
練習を積んでいないとマラソンを走ることができないように、練習を積んでいないと作品を書くことはできないのだと。<br />
才能に任せて書き散らしたり書きなぐったりすることは短い間であれば可能だろうけど、長い間にわたり、コンスタントに、一定の品質で書き続けるためにはトレーニングと鍛錬が必要なのだと。<br />
老いや思うようにならないこととどう向き合うのかまで含めて丁寧に、正面から語ってくれるのを聞くと（そう、読むというより聞くという読書体験に感じられる）、説得力がある。<br />
村上作品に乱暴なシーンが登場しても、粗雑に感じられない理由はこれか。乱暴さを丁寧に書いているんだ。
</p>
<p>
<blockquote>
学校とはそういうところだ。学校で僕らが学ぶもっとも重要なことは、「もっとも重要なことは学校では学べない」という真理である。(p.72)
</blockquote>
内田樹翁と相性がいいのがよくわかりますね。
<blockquote>
走り続けるための理由はほんの少ししかないけれど、走るのをやめるための理由なら大型トラックいっぱいぶんはあるからだ。僕らにできるのは、その「ほんの少しの理由」をひとつひとつ大事に磨き続けることだけだ。暇をみつけては、せっせとくまなく磨き続けること。(p.111)
</blockquote>
</p>
<p>
この「メモワール」という形式もよかった。本人も書きあぐねていて、これなら書けると思った由。
随筆（エッセイ）でもなく、ドキュメンタリーでもなく、メモワール。<br />
状況だけでなく心境まで伝わってきそうな素晴らしい写真。
少々ジャーナリスティックな俯瞰。
本人にしか書き留められなかったであろう内側から描いた瞬間。
時間軸でも、ちょうど良い距離感。<br />
個人的には走ることからずいぶん遠ざかっているし、走ることの喜びを最後に感じたのは、さて、いつのことだったかしらという状態。
それでも、この作品に引きずり込まれてしまった。
</p>
<p class="amazon"> Amazon.co.jp:
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  href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4167502100/bookmarks0e-22/ref=nosim/">『走ることについて語るときに僕の語ること』</a>
</p><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://bookmark.yamas.jp/article/58326223.html">
<link>http://bookmark.yamas.jp/article/58326223.html</link>
<title>[書評] 古川 日出男 / 『ハル、ハル、ハル』</title>
<description>  href=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4309410308/bookmarks0e-22/ref=nosim/&quot;&amp;gt;  src=&quot;http://images.amazon.com/images/P/4309410308.01._SCMZZZZZZZ_V65930187_.jpg&quot;  alt=&quot;ハル、ハル、ハル&quot;  title=&quot;ハル、ハル、ハル&quot;/&amp;gt;古川 日出男 / 『ハル、ハル、ハル』 / 2010-07..</description>
<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>
<dc:creator>ほんのしおり</dc:creator>
<dc:date>2010-09-07T00:40:25+09:00</dc:date>
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<p class="bookinfo">
<a
  href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4309410308/bookmarks0e-22/ref=nosim/">
<img vspace="3" hspace="5" border="0" align="left"
  src="http://images.amazon.com/images/P/4309410308.01._SCMZZZZZZZ_V65930187_.jpg"
  alt="ハル、ハル、ハル"
  title="ハル、ハル、ハル"/></a>
古川 日出男 / 『ハル、ハル、ハル』 / 2010-07(2007-07) / 河出文庫 / B-
</p>
<p>
こちらの気(?)をぐいっとつかんで離さない。ぐいぐい。<br />
振り回す。ぶんぶん。<br />
こちらがしがみこうとすると全力で振りほどこうとする。
</p>
<p>
いきなり圧力の高いイントロ。
<blockquote>
  この物語はきみが読んできた全部の物語の続編だ。ノワールでもいい。家族小説でもいい。ただただ疾走しているロード・ノベルでも。いいか。もしも物語がこの<strong>現実</strong>ってやつを映し出すとしたら。かりにそうだとしたら。そこには種別（ジャンル）なんてないんだよ。<br />
  暴力はそこにある。<br />
  家族はそこにいる。<br />
  きみは永遠にはそこには停（とど）まれない。(p.9)
  </blockquote>
「きみが読んできた全部の物語の続編」。
なんといういう威勢のよさ。<br />
残念ながら、首を縦に振ることにはためらいを感じる。
「私が書いてきた全部の物語の続編」であれば深く同意するのだけど。
</p>
<p>
その点だけ除けば、魅力的な作品（中編が三つ）が並んでいる。<br />
映像でしか伝えられないスピード感と文字でしか伝えられない絶望感。
絵でしか伝えられない色彩と文章でしか伝えられない希望（のなさ）。<br />
それをごちゃ混ぜにしてポンと目の前に差し出してくれる筆力は見事。
ウェットな犯罪をドライに。ドライな（心の）交流をウェットに、塗りたくってしまう筆圧は見事々々。
</p>
<p>
でも、どうしてでしょう。<br />
巧みだとは思うのですが、もう一度手にとりたい、他の人に読んでもらいたいという気持ちがわいてきません。<br />
表題作の「ハル、ハル、ハル」はいいのですが、その他収録作品である「スローモーション」と「8ドッグズ」は後味が悪く、できれば遠ざけておきたいくらいの不吉感です。
</p>
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  href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4309410308/bookmarks0e-22/ref=nosim/">『ハル、ハル、ハル』</a>
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<title>[書評] 南 直哉 / 『老師と少年』</title>
<description>  href=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4101304815/bookmarks0e-22/ref=nosim/&quot;&amp;gt;  src=&quot;http://images.amazon.com/images/P/4101304815.01._SCMZZZZZZZ_V65930187_.jpg&quot;  alt=&quot;老師と少年&quot;  title=&quot;老師と少年&quot;/&amp;gt;南 直哉 / 『老師と少年』 / 2009-11(2006-10) /..</description>
<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>
<dc:creator>ほんのしおり</dc:creator>
<dc:date>2010-08-29T22:35:04+09:00</dc:date>
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<p class="bookinfo">
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  alt="老師と少年"
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南 直哉 / 『老師と少年』 / 2009-11(2006-10) / 新潮文庫 / B
</p>
<p>
お坊さんが、「私とは何か？　何のために生きるのか？　死とは何か？」といった少年の切実な質問に応える。
</p>
<p>
そう、「答える」のではなくて「応える」。
</p>
<p>
少年の質問に直截こたえているわけではないけど、はぐらかしているわけでもない。<br />
少年の苦しみに同情しているわけでも共感しているわけでもない。<br />
だけど、少年は「私は受け入れられた」と感じる。<br />
「本当の自分」をめぐってかわされる第二夜の対話より。
<blockquote>
  老「君は会ったこともない人を捜し出すことができるか」<br />
  少「できません」（中略）<br />
  老「君は『本当の自分』ではない。だから、『本当の自分』はわからない。だから、本当の自分を永遠に知ることはできない。会ったことのない人はさがせない」（中略）<br />
  老「なぜなら、『私』という言葉は、確かな内容を持つ言葉ではなく、ただある位置、ある場所を指すにすぎない」<br />
  少「その場所はどこですか」<br />
  老「『あなた』や『彼』ではないところ、『いま、ここ』だ。『私』はそこについた印なのだ」<br />
  少「それだけのこと？」<br />
  老「それだけだ。その場所に人は経験を集め、積み上げ、それを物語る」<br />
  少「では、『本当の自分』をさがす人はただ愚かなだけですか？」<br />
  老「そうだ。しかし、愚かさでしか開けない道もある」<br />
(p.29-34)
  </blockquote>
（※行頭の「老」「少」は引用者である私がつけ加えたものです）
</p>
<p>
どちらかというと、少年ではなくて老師の横に身をおいて読んでいたのは、私が年をとったから。
</p>
<p>
そして、私が親になったから、でもある。<br />
例えば上に引用した「自分探し」。<br />
今となっては、問い自体が消えてしまった。答えが見つかったのではなく、問いそのものに意味や価値を見出しにくくなってしまったから。<br />
親というのは先祖から預かった何かを子に伝えていくための器にすぎない、という思いがある日自然な理解として腹の中に落ちていて、そうしたらいろいろな葛藤（＝我利？）がすーっと消えていた。
</p>
<p>
とは言うものの、悟りを開いたわけでもないので、またいつかこの老師に会いたくなるかもしれません。その日が来て欲しいような欲しくないような気持ちです。
</p>
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<title>[写真] 木曽川花火大会</title>
<description>去る8月10日に行われた「日本ライン夏まつり納涼花火大会」の写真です。義父の仕事場とは目と鼻の先なので、特等席から観賞（撮影）できました。感謝します。犬山城の望む木曽川の真ん中に船を浮かべて、その船から3000発の花火を打ち上げます。シャッターを空いている時間が長ければいろいろな種類の花火がたくさん写りますが、逆に露出オーバーや手ブレの危険性も高くなります。三脚を使っていてもブレてしまうことがよくありました。あと煙。もやもやっとした煙がまとわりついてすっきりしない写真になって..</description>
<dc:subject>写真</dc:subject>
<dc:creator>ほんのしおり</dc:creator>
<dc:date>2010-08-21T00:31:33+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<p>去る8月10日に行われた「日本ライン夏まつり納涼花火大会」の写真です。</p>
<p>義父の仕事場とは目と鼻の先なので、特等席から観賞（撮影）できました。感謝します。
<img src="http://yamayomu.sakura.ne.jp/sblo_files/yamayomu/snap/sIMG_6884.jpg"  width="420" heigh="280" />
</p>
<p>犬山城の望む木曽川の真ん中に船を浮かべて、その船から3000発の花火を打ち上げます。
<img src="http://yamayomu.sakura.ne.jp/sblo_files/yamayomu/snap/sIMG_7031.jpg"  width="420" heigh="280" />
</p>
<p>シャッターを空いている時間が長ければいろいろな種類の花火がたくさん写りますが、逆に露出オーバーや手ブレの危険性も高くなります。三脚を使っていてもブレてしまうことがよくありました。
<img src="http://yamayomu.sakura.ne.jp/sblo_files/yamayomu/snap/sIMG_6964.jpg"  width="420" heigh="280" />
</p>
<p>あと煙。もやもやっとした煙がまとわりついてすっきりしない写真になってしまいますね。
<img src="http://yamayomu.sakura.ne.jp/sblo_files/yamayomu/snap/sIMG_6966.jpg"  width="420" heigh="280" />
</p>
<p>試しにピンぼけ写真を撮ってみました。ちょっと幻想的で面白い写真ができました。
<img src="http://yamayomu.sakura.ne.jp/sblo_files/yamayomu/snap/sIMG_6988.jpg"  width="420" heigh="280" />
</p>
<p>
Canon EOS Kiss X2 / TAMRON AF18-270mm F/3.5-6.3 Di II VC LD Aspherical [IF] MACRO (Model B003)
</p><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
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